当事者の声
なにもしてあげられなかった。抱っこも。火葬にもいけなかった。
自責もそうだし、泣いたらあかんとおもってしまう。他人に言われなくても自分でそうおもってしまう。
泣いてもいけないし、自責にくれてもいけないと思ってしまう。
言えるところあるということをしってもらう。柔らかい言葉で、やわらかい気持ちになってもらえたら、、、話す場所があるんだよってことを書いてあげて欲しい。
「後悔するな」という言葉は、本当になんか、自分では後悔していないけど。周りから言われることで、「私は今から後悔っていうことをするのかな?」と思ってしまう。
くいのこるくらいなら、産んでやれよって自分でも思ってしまうから。でもそこを、どんな覚悟でじゃないけど、自分の最終的な気持ちをちゃんと持って選んだということで、、、違ってくると思う。
どの場面でも周りに言われて選択を迫られるのは苦しい。でも自分で選んでしてあげたいことをしてあげられたら。
ある程度自分で選択していたら、納得しているので後悔はない。しなければと思うのも苦しい。母親失格みたいに思われるのも辛い。
世の中には、かわいい棺も販売されていたり、自助団体が作っている者もある。こどもにピッタリのサイズの棺やお洋服でお見送りしてあげたい。
たむけるためのお花とおもって、1本だけもっていった。棺に入れるお花と説明してくれていたら、、、、もっとたくさん持って行ったのに。
自分が納得していない状況でお別れした場合、向き合う作業はもっとしんどいと思う。
【当時、私が知りたかったこと】
当事者が知りたいこと。それは、「これからどうやって生きていけばいいのか。先輩がどんな風に生きているのか。本当に生きている人がいるのか。」ということ。
産まない選択をした人の気持ちが書いている情報がどこを探してみ見つからなかった。あの時、私が知りたかったことは、産まない選択をした人の気持ち。
同じ経験をした人が、その後、どんな風に生活しているのかを知りたかった。本当にどん底だったから…、このままの状態が一生続くんじゃないかと思っていたから。
その後、私はこどもが欲しかったけれど、『人工死産をした人は次の子を望んではいけない』と言っている人の言葉を目にしていたので、第2子を望んではいけないんだと自分を責めるように思い込んでしまった。人工死産後、第2子を望んだ人や、実際に産んだ人の意見も聴きたかった。
【自分で決断することが何より大切】
<選択するまでの気持ち>
よく見聞きする「後悔しない選択を」とか、きれいごとで片付けないでほしい。私は「悔い」も残ったらいけないと思っている。悔いが残るくらいなら、自分で自分に対して「それなら産んであげろよ」とも思う・・・・、そんな感情が行き来する、その繰り返し。
だから、自分の最終的な気持ちをちゃんと持ったうえで選んだか・・・・っていうことで、その後は大きく変わると思う。
誰かに言われて決めたとなれば、もっとつらくなると思う。だからこそ、自分が納得して決めたことなら・・・、
どちらが正解ということではなくて。
自分で決断しないと、その後が苦しいんだよっていうことは絶対に伝えたい。
<お別れ後の気持ち>
自責もそうだけど、泣いたらいけないとかね…。それは他人に言われるとかじゃなく、自分で。
ひとりのいのちを奪ったんだから…、泣いてもいけないし。自責の念にかられてもいけないし…、
普段、言葉にしないだけで、それはずっと残る…。
でも、そういう気持ちを話せる場所がちゃんとあるんだということも知っておいてほしい。
自分の中だけで、この感情を処理しようとしても無理なので、そういう場所で、同じ経験をした人と気持ちをわかちあうこともできる。
悲しんでいいんだっていうことを、、、知っておいてほしい。
無理に参加しなくてもいいけれど、人によってはこういう場(自助グループ)につながって、気持ちを吐き出して少し楽になる部分もある。
私も今、自分の気持ちに向き合っている感じです。
【赤ちゃんとのお別れについて】
・産んだ後、「どうしたいですか?」ってアバウトに聞かれても・・何ができるかわからなくて困った。
出産経験がある人ならわかるかもしれないけど。
初めての出産だったら、正直、わからない。考えても思いつかない。
病院からは、具体的にどんなことができるのかを示してほしかった。
その中から、自分で選ばせてほしかった。
私は母乳をあげたかった。はじめから出るわけじゃないことも知ったけど、どうしたらいいかわからなかった。
助産師さんに絞って欲しかった。
自分では調べる余裕がないから、そんな時、夫にもできることはそういうことを調べることだから、頼んで調べてもらうのがいいと思う。
お葬式をするのか、火葬はどうしたらいいのか。詳しくないし自分で調べてもわからなくて困った。
・写真もとったらダメなものだと思っていた。医療者がだっこしますか?とか、家族で写真撮りませんか?など声をかけてくれたら、できたかもしれない。
棺のままの抱っこしかできなかった。ちゃんと直接、抱っこしてあげればよかった。
勇気がいるかもしれないけれど、してあげたいことがあれば、伝えてほしい
無理にしなければいけないわけではないので、自分でどうやってお別れしたいのか選んでほしい
【赤ちゃんとどんな風にお別れをするかの選択について】
どの場面でも、やっぱり周りにいわれて選択せまられたら、ずっとその後がしんどい・・・。
だから、自分で・・・ずっと悔いはのこるけど・・・・・。
今頃、何歳だな?とかね。でも、まだその・・・・しんどさっていうのは少なくすむ。
自分で選択しているから。自分で納得しているから。
情報をもっていて、何もしないという選択をすることもありだとおもう。
こういうことができるよっていうことを情報として伝えてあげられたらいいと思う。
赤ちゃんのためにできることを、何でもしなければと思うのも苦しい。
母親失格みたいに思われるのも辛い。
だから、どんなことができるのかを知って、自分でするもしないも選んだらいいと思う。
【提案してもらえなかったから、何もしてあげられなかったという思いが消えない】
私は、なにもしてあげられなかった…。
抱っこも。棺に入れて連れてきてくれたけど、
そのまま、棺のまんま、抱えるだけで、直接、赤ちゃんに触れることもできなかった…。
私は病院に入院していたから、夫が1人で火葬にいってくれて。
私は火葬にもいけなかった…。
「何かしてあげたいこと」を聞いてくれたり、声をかけてくれなかったから、こちらからは何も言い出せなかったし、思考も停止してるから考えることもできなかった。
だから、何もしてあげられなかったし、抱っこしていいことや記念写真を撮ってもいいことなども、提案してもらえなければ考える余裕もなくて。
結局なんにもしてあげられなかったなぁ・・・・っていまでも思っている。
だから、同じような状況の人には、その時にしかできないことだから、
こどものためにしてあげたいことを、絶対に伝えてほしい。
自分の言葉で伝えられなかったら、紙に書いて渡してもいいと思う。どんな方法でもいいので伝えてほしい。
【お別れの時、希望を伝えずらかった】
選択的なお別れだったからなのか、医療者からも何も提案をしてくれなかった。
自分からも伝えられなかった。でも、あとから、あの時、勇気を出して、してあげたいことを伝えておけばよかったと今でも思っている。
どうか、伝えてあげてほしい。私は何もできなかったから。
旅立たせるきっかけを作っているのは自分だから、
触れることもできなかった。抱っこもしてあげられなかった。]
私のように、後からしてあげられたこともあったなぁと思うくらいなら、
やっぱりその時にしてあげてほしい。
伝えるのも勇気がいるけど…。
【こどもへの想い】
この苦しみは、この子とお別れしたことによって生じているのは事実。
だから、まわりの人は、こどもの存在を「私を悲しませたり苦しませている存在」という風にしか見てくれない。
でも、私は一度もこの子がうまれてこなければなんて思ったことはない。
こどもを思う親の気持ちには変わりない。
選択的というお別れについては、生涯、重たい十字架を夫婦で背負っていくことになる…。
けれど、素直にこの子が私たちのところへ来てくれてよかったと思うし、大切なこどもとして
私たち夫婦に幸せな気持ちをくれているのもこの子。
この先も、家族3人で生きていこうと思う。
【お別れすると決めて、事前に準備できること】
・後から知ったので、私はできなかったけれど・・・。
おこさまの棺もかわいいものが売っているみたいで。かわいい箱型のものや、編み物でつくったゆりかごのようなもの。
そのまま抱っこしてあげられるように作られていたり。
お別れすると決めたときから、、、、どうやってお別れするかを決めて、先に医療者に伝えておくこともできるとおもう。
そういう棺もネットで探すと買えるってことも知って、してあげたい人は、事前に準備しておくこともできるし。
こどもにピッタリのサイズの棺やお洋服でお見送りしてあげたい、と思う人もいると思うから。